2001年、訳あって日本を飛び出した俺。 グダグダ過ごした、バンコクでの日常。 ナナプラザ、レインボー。 5年たったから、初めて書ける、酒・女・イカレの記録

タイたいざい 2001年

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故宮博物館とランニングオヤジ
隣の部屋の長期滞在者っぽい白人じじいはイビキ癖がある。
まあ、我慢できるほどだ。

朝10:00に目を覚まし、とりあえず故宮博物館へ行くことにした。
宿を出て、昨日両替したNT$が残り200ほどになっていたので
両替しなければ。

以外にも初日で¥4000以上使ってしまっていた。
このような事では、とても長期の旅行を乗り切れないぞ。
言えるのは、意外と台湾は何をやっても高いということだろうか?

とりあえず、両替できるところを探すためにウロウロしたのだが、
何故?銀行が一軒も開いてない。
駅の周りも見たのだが、開いていない。間違いなく台風の影響だろう。さて、どうする。今日の部屋代も払わにゃならんし・・・。

駅の南側に、ちっとばかし立派なホテルがあった。中に入って
キャッシャーのところを見るとマジメそうな女性が立っている。
おもむろに1万円札を手に握り、彼女に両替してくれるよう
頼んでみた。
「お部屋番号は何番ですか?」以外にも日本語で返事が来た。
「ゲー、どうしよう。」と、思いながら、
「ここには泊まっていないんですよ。」と言うと、案の定
「ここは、宿泊客の為の両替所ですのでそれ以外の方はちょっと。」
と言ってきた。
ここで、はいそうですか、と引き下がったら、又、他のホテルに
行って同じ事の繰り返しだろう。
「それは、分かりますが、今日は両替さえ難しい状況です。
銀行は全て閉まっていますよ。よかったら助けてください。」
まあ、言うのはタダだ。
彼女は横にいた他の従業員と話して「いいですよ。」となった。
よかった。「パスポートを見せてください。」と言うので、
首袋からパスポートを出し見せると、両替用の紙に番号を
書き写した後で、両替してくれた。
部屋番号の欄には521と書いてあるのは、形的なものなのだろう。

その後、北門まで、運動がてらに歩き、バス停にいる切符売りの
オヤジに声をかけた。
故宮のページを見せると中から出てきてくれて、停留所の
ところまで行き、「これだ、これだ。」と教えてくれた。
料金も知りたかったので、左手で、お金のマークを作り見せてみると、オヤジも指を3本立てて「サンシー」と教えてくれた。
たぶん、30なのだろう。

待つこと20分、ムシムシ暑いので汗が次から次へと出てくる。
目の前に食堂があったので「水でも買うか。」と考え、行ってみる。
うーむ、値段がまったくわからない。
が、困ったことに聞き方もわからない。まあ、こんな時は
必殺技を使うのだ。
「だいたいこんなもんだろ。」という予想のちょっと上の
金を渡すこと。
つまり、日本で100円チョイのミネラル買うときに
500円玉もしくは1000円札で支払うって事。
これなら、会話は必要ないし、問題もない。
ただし、この時に気をつけたいのは、100円チョイの物に
10000円札出しちゃったりしない様にする事。
必ず、もっと小さいのないのか?とか言われて、これまた、
会話がわかんないのだから、慌てるしね。

そんなこんなで、やっと来たバスに乗り込み、椅子に
座ったわけだが、支払いシステムが全くわからない。
とりあえず、運ちゃんの所まで行って、またまた
故宮のページを見せた。
運ちゃんはそれを見るなり「分かった、分かった。後ろに座っとけ。」みたいなアクションなので、とりあえず座ることにした。
これで故宮についたら教えてくれるだろうし、金の2重払いも防げる。よしよし。
なんて考えていたら、30分ほどで故宮博物館前に来た。
運ちゃんがこっちむいて、「ここだ、ここだ。」って顔をして
30と言ってるので30を払い降りてみた。

まるで、お寺(最新式の)、新興宗教の大本山の様な派手目の建物。
なぜか、そこをランニングシャツを着たオヤジが黙々と走っていた。
階段を颯爽と上り、ガラーンとしている中、入り口を探してると、
警備員のオヤジが近づいてきた。

「△×□!×!」なんか、言ってる。
「エクスキューズ?」僕がこう言うと外国人と気付いたらしく、
「オール、クローズ、オール、クローズ!」と言っている。
どうやら、閉まっているらしい。どうりで客が誰もいないはず・・・。
明日には台北を発つ僕にとって今日が最後のチャンスだった
わけで・・・。

まあ、せっかく来たのだから、中庭をぐるーっと1週して、
高台から下を眺めた。
ランニングオヤジはまだ走り回っている・・・。
台湾の一番有名どころの故宮博物館の思い出が、
ランニングシャツのオヤジかと思うと・・・。

はあー、まだ12:00だよ。宿に帰っても暇だし。
でも、帰る以外ないので帰ることにしたのだが、
電影所なる京都映画村のような所がバス停3つほど戻った所に
あるらしいので、歩いて行ってみるか?と思い、スタスタ歩いて
いくと、1Kmぐらい先で直進か左折かで迷ってしまった。
間違ったら、タクシーのお世話か・・。うーん、やめた。

とりあえず故宮前のバス停に戻った。ムシムシする気温は
さらに上がり、汗を拭くためにセブンイレブンでタオルを買った。
NT50ドルだ、高けえよ。しかし、このまま汗を拭かずに
バスに乗ると風邪を引くのは明らか・・・、しょうがない、買おう・・・。

紫色のタオルで体を拭き、首からぶら下げて歩くその姿は、
どう見ても螺子が2、3本外れた人・・・。歩くたびに、
頭部から、キュルキュルキュル、コトン、カランカラン、
てな具合に、ボルトが外れていくようだった。

バスが来たので「さて乗り込むか」とすると、来るときのバスは、
後払いのランプだったのに、今回は前払いのランプが点いている。
「ゲー!」っと思いながら、とりあえず運ちゃんに良く見えるように、
思いっきり10コインを3枚手の上に並べて見せて、1枚ずつ
料金箱へコトン、コトンと落としていった。
その後、バスが止まるたびに人が乗ってくるのだが、どうも、
みんな15しか入れていない。
30で間違いはないのだが、あそこで30入れてよかったのか?
もしかして、乗るとき15、降りるとき15とかじゃないのか?
なんか、よく見てると白い紙みたいのをもらっている人がいる。
もしかしたら、あの紙をもらわなきゃならんのじゃあ?
などと、ドキムネしながらじっくり観察していた。
どうやら、バスカードのようなものも有り、多くの人がそれを
機械に通している。何か区分のようなものがある様子で、
普通に15の者もいれば、1のものもいたりと不思議な光景だった。

北門にバスは着き、僕はバスを降りた。
運転手から料金についてあらぬ誤解を受けないかと心配だったが、
何事もなくバスを降りた。
強くなった雨の中、傘をさして駅のほうへ向かった。
途中で糊を買い、駅の中にあるポストへと向かった。
海外旅行のことを両親に話していなかったので、何ヶ月も
連絡が取れなくなって心配するといけないので手紙を
出すことにしたのだった。
ポストの近くに切手の自動販売機がある。
日本まではいったいいくらなのだろう?
外国の料金エリアが全て中国語で書かれていて、
日本がどれかわからない。
とりあえず、太平洋州というのがあったので、これにしてみた。
これより安いかもしれないがNT13を貼ってポストへ入れた。

さて、これで、特にやることはなくなったので、駅の南方面を
くまなく回ってみる。
けっこう台風の被害が強かったようで、ほとんどの店では、
大型のポンプで大量の水を店内から吸い出していた。
さすがに、大型百貨店は営業を開始していた。

特に疲れたわけではないが、一度、宿へ帰るかと思い、
北へ向かったのだが、ふと昨日見た屋台のヌードル屋を
思い出し、行ってみることにした。
昨日の夕方見かけて、夜に行ったら無かったのだから、
今日は今行けばあるはずだ。
近くへ行って驚いたのだが、ヌードル屋の近くで火事が
あったらしく道路中が消防車でごったがえしていた。
そんな中、ヌードル屋で小さいほうのやつをもらうと、
椀の中にとろみをつけたダシ汁で煮込んだ、まさに細い
カップ麺のようなのと、上に何かの内臓を乗せて薬味を入れて
できあがりという到ってシンプルなものだ。
椀のふちギリギリまで、山盛り入れてくれるので、持つことさえ
熱くてできない。
で、食べるとこれが以外にうまい。
時間はかかったが、全て食べた。よし、宿へ戻ろう。

宿へ戻ると、白人さんたちはソファーでくつろいでいらっしゃる。
ザックがソファーの横にあるので、おそらく今日、新人さんが
来たのだろう。
宿のオバサンにNT400払い、明日の出発は9:00と言うと、
「じゃあ、鍵はだれかにあげといて、その人がNT100払うから。」
と言ってたがどうなることやら・・・。
(NT100は鍵の保証金として最初に預けてます)

3時間ほどベッドで休んで19:00から外に出た。
近くの吉野家のさらに先には、美しく光るビルが大量に見えた。
とりあえず歩いていくと「かわいい娘どうですか?」と、
日本語が飛んでくる。やっぱり、そういうところなんや。
日本食や日本語でのスナックの看板、興味はあるが、いかんせん
今の僕の財布の中は1万円以下の金しか入っていない・・・。やめとこ。

そうやって歩いているうちに、たたきつけるような雨が降ってきた。
雨を避けながら街を歩くと、昨日までほとんどの店が
ショーウィンドウを閉じていたので気付かなかったが、
僕が泊まっているこの名前も分からない宿は、街のど真ん中にあって、
立地としては申し分ないということが分かった。

ルイビトンの専門店、ロレックスなどの時計屋がショーウィンドウを
開け、DCブランドの服屋も営業を始めた。
街中には、おそらく水に浸かってしまった服なのだろうセールス品
として店先で積まれている。
CD屋も同様に、セールス品として販売している品が目立った。
駅の南の方の露店でクレープ生地に卵とかハムとか色々挟んで
売っていた。
食べてみたが、いまひとつ味がなかった。
誘われるように今日も吉野家へ行く・・・。反省・・・。
宿へ帰り老酒を飲んで寝る。明日はバンコクだ。
旅の始まりとしては、台風に見舞われたとはいえ、特にトラブルも
なく、順調といえるのではないだろうか?
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