2001年、訳あって日本を飛び出した俺。 グダグダ過ごした、バンコクでの日常。 ナナプラザ、レインボー。 5年たったから、初めて書ける、酒・女・イカレの記録

タイたいざい 2001年

ノンちゃん食堂 | main | シェムリ→プノンペン
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | --:-- |
キリングフィールドに行ってみた。
今日は朝から、キリングフィールドに行くことになっていた。
ツアーのオネーサンが、あまりに可愛かったので、
申し込んでしまったのだ。
朝、8:30に起きて、キャピタルのワゴンに乗ると、
20分ほどであっけなく到着した。
入るとすぐに数えられない程のガイコツを収めた塔があり、
あまりの臭いにやられてしまう。
ガイドの美女の説明が始まり、さらに死体を埋めてあった
墓の遺跡や、子供を打ち付けて殺した木や、硬くてノコギリのような
葉を持つ草など(子供をこれで切り殺した)を説明され、
一気にツールスレーンを思い出す。
一通り見るためには15分ほどで十分だった。
帰りのワゴンでは、みんな無口だった。それぞれに、思いを
心の中で考えているのだろう。
ガイドの美女が、僕に尋ねてきた。
「どうでしたか?」
僕は素直に、
「僕にはハードですよ。」と言うと、
少し興奮した様子で、
「私たちカンボジア人も、ここには来たくない場所なんです。」
と、言って目を伏せていた。
昼飯を一緒にどうかと考えていたのだが、どうやらそんな
感じではない様子だ。
帰りは宿まで行かないで、ロシアンマーケットで降ろしてもらった。

ロシアンマーケットへ寄ってみる、特に変わったものはない。
まあ、いい。
腹が減ったので、屋台か食堂を探したが、周りにはなく、
帰り道にあるだろうと帰り始めた。
しばらく行くとテーブルの並んだ食堂らしき場所があったので
入ってみる事にした。
当然、英語は全く通じない。途方にくれていると、
少し英語が分かる青年が道の方から助けに来てくれて、
なんとか焼き飯を注文できた。
出てきたのは中華ハムの臭いが強かったが、まあ、食えるので、
全て平らげた。
このまま、歩いて帰ることになり、スタスタ歩いていたのだが、
途中、あまりの暑さにボーっとしてくる。
ドリンクスタンドがあったので、冷たい水を買って、頭から
かぶってみた。気持ちがいい。
何とか宿まで帰ると、そのまま少し眠った。

今日は鍋が食いたいと思っていたので人を誘ったら、岡村さんが
行くとのことで、一緒に行くことにした。
大量の野菜とモツや豚の脳みそなどをぶち込んだ鍋。
味付けもまあ、悪くはない。最後にメンを入れて終わる。
まあ、かなりの満足感だ。
その後、カフェでしばらくくつろいでいたが、どうも体調が悪い。
頭がふらつくのだ。
多分、今日の昼に、日射病になったのだろう。
予想通り、宿に帰って寝ようとしたが、寝付けない。
なんとなく、イ娘の事を思い出して、メールを送ってみる。
夜は、出歩かない方が良いと言われるが、どうなのだろう。
2時を過ぎてやっと眠れた。
スポンサーサイト
| カンボジア | 00:00 | トラックバック:0コメント:0
コメント
コメントする














管理者にだけ表示を許可する

この記事のトラックバックURL
http://keisking.blog54.fc2.com/tb.php/20-6eb71652
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
| ホーム |

プロフィール

Keis

Author:Keis
ようこそ!
5年前に滞在したバンコクの日々の記録です。

最近の記事
最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター

ブロとも申請フォーム
ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。